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会津への旅(3)

今日の大阪はくもり空です。
午後から崩れそうな予想だということですが、さてさて、どうなんでしょうか。
花見にはちょうど良い開き具合だそうですが・・・。

さて、3日目になりました会津への旅レポですが、3回予想で始めたものの、甘かった。
載せたい写真もたくさんあり、とてもとても3回で終わりそうにありません。
6回くらいまで平気で行ってしまうかも・・・です。

お時間ある時に、よろしくお付き合いください。

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あれだけ夢にまで見た、会津若松での夜が明けました。

いよいよ会津若松の観光へ出かけるため早起き。
まずは、夜とは入れ替わっているというお風呂を覗きに行くことからその日はスタートでした。

その日の朝風呂もやはり、露天風呂がメイン。
こちらは「宙の湯」となっていて、丸く展望できるように、棚風呂になったお風呂からが全方向がみえるように、丸くなっていて、こちらもなかなかに楽しむことができました。

お風呂を楽しんだら、いよいよ食事です。
朝もバイキングですので、食事中席をあける時は、この土地のキャラ「あかべえ」がテーブルでお留守番してくれます。


朝の食事写真はちゃんと撮りましたよ。

すべて地元の食材ばかり。
牛乳は「べこの乳」と書いてあり、これもさっぱりおいしいのなんの!

すべてに満足して、さあ、出発です。
御宿からは「武家屋敷」まで送ってくれますので、まずは武家屋敷からスタートすることとしました。



会津の歴史を少しでもひも解いた方はご存じだとは思いますが、会津藩は旧幕府軍。
幕末、最後の将軍徳川慶喜を守りぬき、最後にはその慶喜から切り捨てられます。
そのため滅亡の道を歩むこととなった悲劇の藩ではありますが、最後まで「義」の人たちが存在し、今もなお、この土地には、会津藩を愛してやまない子孫たちが土地を守り、伝統を守り、歴史を守って生活を営んでいます。

ですが、会津藩は戊辰戦争で壊滅的な負け戦となり、たくさんの人が亡くなり、残った藩士たちは斗南藩として存続を許されますが、下北半島の痩せた土地で、3万石(会津藩は33万石、与えられた3万石の実習は7千石だと言います)を与えられ、過酷な生活を強いられて、また、たくさんの尊い命を餓死と寒さで失います。

戊辰戦争後、長州を中心とする新政府にそうした扱いを受けた会津の地ですので、戦後、そうした苦労ののち生き残った人たちが、この土地に再び戻ることが許された時に、もう一度、会津藩のころの建物を長い間をかけて再現しています。

さて、説明が長くなりましたが、この武家屋敷は会津藩の筆頭家老・西郷頼母の屋敷図面が出てきたことで、その図面をもとに再現したものを中心に、武家文化に関わる建物が再現されたものです。


西郷頼母は、時の会津藩主・松平容保が京都守護職の拝命を受けた時、動乱の京都へたくさんの藩士を連れて行くこと、そして、今時代が幕府にとって不利な状況の中、幕府の盾となる役目をすることは藩の存続を危ぶむものとし、容保に反対の意を唱えたために、家老職を解かれます。

戊辰戦争が始まるとともに家老職に戻されますが、一家は女子供も含め全員自刃。
西郷家で生き残ったのは頼母と年若い息子だけでしたが、容保から孝明天皇から下されたシンカン(これは、会津藩は朝敵ではないという証)を託され、そのシンカンを守るために会津の地から落ちたのでした。

余生は神社の宮司として過ごしていたところ、西南の役が起こり、その西南の役に加担したとみなされて、宮司の職からおわれます。
年老いて会津の地に戻り、最後は長屋で、誰にもみとられぬまま生涯を閉じたというこです。

この武家屋敷には、頼母一家の自刃の部屋の様子が再現され、それぞれが詠んだ辞世の句が紹介されていますが、とくに、妻・千恵子の詠んだ「なよ竹の 風にまかする身ながらも たわまぬ節の 在りとこそきけ」という句は、会津の女性の心の奥に秘めた強さがみえ、会津の女性を語る時に紹介されることが多くあります。

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さて、私たちは、ここを1時間以上をかけて見学して、その後、周遊バスあかべえに乗ることにしました。
1日乗り放題で500円という安さに驚きましたが、この会津若松観光では、どこもここも拝観料が安いことに驚きました。
ほとんど300円で、バスのチケットを持っていたら10%引きとか、たくさんのものを作って生計を立てている土地だからか、観光に力を入れていないわけではないけれど、とにかくがつがつしていないことに驚きました。

そんなことを思いながら、あかべえで次に目指したのは御薬園です。

会津松平氏の庭園で、国指定の名勝と言われるだけあって、景観が美しかった。


ここの中にある「重陽閣」は、秩父宮妃殿下ゆかりのお部屋があり、ここではお茶を楽しめますので、早速いただきましたよ。

これがまた、安価で目まで楽しませてくれて、感動でした。

秩父宮妃殿下は会津の出で、戦後60年後妃殿下が宮に嫁がれた時には、会津は朝敵だとされた汚名を雪ぐことができたと、土地の方は心から喜んだということで、その時に新島八重が詠んだ「いくとせか みねにかかれる むら雲の はれて嬉しき 光りをぞ見る」という歌が、ここで紹介されていました。

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さて、ここで一息入れた私たちは、実はレンタル自転車を借りようと思っていたのですが、なんと、自転車を貸してくれるのは雪が溶けてからということで、結局借りれず、またまた、周遊バスの世話になることにしました。

次に目指したのは、白虎隊士中二番隊が自刃した飯盛山です。
士中二番隊については、あとで触れることとします。

ここの上り口に「白虎隊記念館」というものがあります。
まずはここに入ることにしました。

この記念館前に立つ銅像は、戸ノ口の生存白虎隊士のひとり、酒井峰治が鶴ケ城を目指してひとり退却中に愛犬クマが飯盛山の裏手でまで迎えに来たという本人の手記からその事実を作られたものです。

ここには、攻防両軍の資料が12000点あります。
郷土出身の弁護士が戊辰戦争の会津藩の悲劇を後世に正しく残したいとの思いから私財で作った資料館で、その思いに、各地に分散していたゆかりの人が心を寄せた形で、個人で持っていた資料を送るなどして成り立っているので、本当にこの人たちが生きた証がまさにここにあるという感じの資料館です。

前回行った時もそうでしたが、全部を本当に見ることができたのか、何度も何度も繰り返し周り、去りがたく、1時間以上の時間をかけて見て、いよいよ飯盛山に上がることとしました。

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この続きは、また、会津への旅(4)に続きます。
よろしくお願いします。

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コメント
いとまさん
ありがとうございます。
まっすぐな故に滅び、再生・・・それが土地に行ってよくわかりました。

西郷頼母は私は里見浩太朗があっていた気がします。(笑)

姉妹に間違われる話。
どうでしょうね。
あっちは私が若く見られるから・・・と思っているみたいで、そんなに気にしていないみたいですが、一度聞いてみます。(笑)
  • yoh
  • 2013/03/26 8:52 AM
会津の旅、1〜3まで拝見しました。
ドラマで見た知識しかないのですが、会津の真っ直ぐな気質には感動します。
里見浩太朗が「白虎隊」で演じた西郷頼母のイメージが強いです。
大河での西田敏行はちょっと年取り過ぎですね(笑)
今日はいよいよ禁門の変ですね。
しかし、この時は共に戦った薩摩が倒幕に変わって会津の敵になるんですから、ひどい話です。
また、薩摩の西郷を倒幕側に導いたのが幕臣の勝海舟なのも面白いです。

ところで、娘さんと姉妹と間違えられてyohさんは、嬉しいでしょうが、お嬢さんは複雑な気持ちでは(笑)
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